劇場版『空の境界』俯瞰風景

 アマゾンで注文したら発売日よりも一日速く(昨日)届いたので早速視聴。そういえば前に劇場版エヴァのDVDを注文したときも一日速く届いていたが。 
 
 本作の感想の前に、まずは原作について思うことを。

 初めてこの作品に触れたのはもう4年も前。その頃は『月姫』『Fate/stay night』が既にリリースされた後であり、私としても多少なりに奈須きのこ武内崇両氏の作品が気になっていたのだが、ちょうど講談社から『空の境界』が出版されていたので、まずは手に入りやすいモノからと思い読んだ次第である。それがTYPE-MOONにずるずるとハマってしまった契機でもあるわけだが。

 エンターテイメントという面から言えば、Fate月姫の方が上か。前の二作は空の境界に比べて、見る者を惹きつける舞台設定や物語の展開が非常に豊か。単純に言えば、月姫Fateもいわゆる異能バトルものという、昨今の読者に受け入れられやすいジャンルに特化しているけれども、空の境界はそうではない。特にFateは過去の英雄をモデルにしたキャラクターや一撃必殺の特殊能力、弱者が強者を圧倒する展開など、少年漫画の燃える展開が大好きな人にはうってつけの作品といえる。

 じゃあ空の境界って淡々と進む話なの? って言われると、少なくとも私は四年前に初めてこの作品を読み終えたときから、そういう印象を持って「いた」。確かに奈須きのこ氏の手法である異能力ものとミステリの融合が色濃く現れた作品であるのは疑いない。だが、伏線の明かし方や物語の山場が他の場面と同じリズムで語られるせいなのか、読み手を楽しませる配慮に欠ける作品だなというのが、昔読み終えたときの第一印象だった(ちなみに読み手を楽しませる見せ方、という点では月姫も甘い点があると感じている。その点においては僕は空の境界月姫Fateとの隔たりは大きいと思っている)。また後の作品と比較しても、冗長な文章が目立つ。「俯瞰風景」については話の内容云々以前に、読みづらいという印象が強い。

 けれども不思議とこの『空の境界』には惹きつけられてしまう。その理由としては、「自分がやりたいことをやりたいように書いた、読み手なんて知りません」といわんばかりのこの作品が、おそらく奈須氏の原点を一番よく表現しているように思えるからであり、またその表現に、私が多少なりの共感を覚えてしまったからなのだろう。


 さて、映像の話について――

 正直な話、空の境界に抱いていたイメージを上方修正せざるを得ない程の良い出来だった。45分という、TVアニメ一本よりは長くしかし通常の映画よりは短い時間の中で、テンポの良い物語展開と観るものを惹きつける映像表現は、かつて抱いていた「淡々と進む話」というイメージを払拭するのに充分だったと言える。原作未読者には理解し辛いと思われる部分がなかったわけではないが、導入としてはよく出来ているのではないだろうか。原作愛好者ということを抜きにしても(そのわりには映画を観にいかなかったのだが)、2巻以降も購入して観てみたいと強く思った。

 第一印象は、「これってホラー?」。特に両儀式が初めて廃墟の集合住宅を上っていくあたりの描写は、まさにホラー映画の演出そのもの(振り返って何もいないのを確認した途端に出てくるところとか)。いつまでも目覚めない式の友人・黒桐幹也、飛び降り自殺の現場に浮遊する8人の人型など、要素だけ抜き出してみればまさにホラーそのものであり、少し退廃的な感じの演出がそれに拍車をかけている。けれどもラストの式と巫条との対決シーンでは、それまでの退廃的な感じから一転し、直視の魔眼のエフェクトやナイフで切り裂かれた人型が霧散する描写、そして高層ビル間の飛び移りやカメラワークが、異能力バトルという見せ場をこれでもかというほどに盛り上げてくれる。

 全編を通して暗い感じの映像はイメージどおり。廃墟と化した集合住宅、蒼崎橙子のビル前での雨の描写、橋の陰影など、細かい表現が作品のイメージを引き立たせていると思う。梶浦由記氏の音楽も作品にうまくマッチしていて良い感じ。ちなみに式の部屋はもっと狭くてボロボロだと思っていたんだが、意外にきれいで広かったのでビックリ。

 橙子の工房?で式の義手を修理するシーンは、ありきたりかもしれないが攻殻機動隊イノセンス義体作成のシーンを思い出してしまう。特に幹也のお気に入りの人形が映るシーンでは、声優(坂本真綾)が被っていることもあり、素子を思い出してしまった。

 しかしいくつもの見せ場があるにもかかわらず、個人的に好きなのは橋の描写。同じ場面を朝・昼・夕方と時間が移り変わるなかで、式の気持ちが動きだけで表現されている上に、式と巫淨霧絵が互いに出会うことなく行き来するあの場所は、本編には直接関係ないけれども好き。