三雲岳斗『少女ノイズ』

少女ノイズ

少女ノイズ

 過去のトラウマから天空恐怖症(アストロフォビア)に悩まされる大学生、高須賀克志(スカ)はアルバイト先の予備校で或る少女と出会う。彼女の名は斎宮瞑――スカは自身が通う大学の准教授である皆瀬梨夏から、予備校で瞑の担当のアルバイトを頼まれていた。だがその内容は瞑の講師ではなく、ただ彼女が変なことをしでかさないように見張る、いわば世話係の役目であった。瞑は授業に出席することはなく、予備校内の立ち入り禁止区域で死んだように佇むだけ。だが彼女がそうするのには理由があった。

 高須賀の天空恐怖症に気がつく瞑は、高須賀に興味を覚える。そして彼女が有する類稀な洞察力は、スカの周りに起こる様々な事件を解決へと導いてゆく。きわめて鮮やかな論理を展開する彼女であったが、しかし彼女はまた別のところで大きな問題を背負っていたのだった。


 三雲岳斗の小説を読むのは初めてであるが、帯に記された「美しく冷徹な論理」というフレーズはまさにその通りであると思えた。瞑とスカの周りに起こる謎には、たった1打のゴルフボールでなぎ倒された案山子の群れや、瞑がなぜ予備校で勝手な振る舞いをしていられるのかといった、いわゆる「日常の謎」に類されるものもあれば、操作が難航している不可解な殺人事件もある。それをクールでどこか影のある美少女・斎宮瞑が、きわめて論理的に解き明かしてゆく様子はもうそれだけで楽しいと思えてしまう。この論理展開が非常に緻密かつ簡潔であるのだが、その論理をほぼ同じレベルのクオリティで五本も仕上げてしまう力量には恐れ入る(無論そう思わない人もいるだろうが)。

 主人公である瞑の素直クールなところもポイントが高い。普段はスカに対して馬鹿にしたような態度をとり、まるで召使いに接するかのようにふるまう瞑だが、この様子がまた面白い。以下はスカが瞑を予備校の屋上から移動させようとするときのシーンである。

「立ちなよ、瞑。そろそろ帰らないと、家の人が心配する」
 瞑が脱ぎ捨てた靴やスカーフを拾い集めて、僕は言った。
「嫌よ、だって私はとても疲れているの」
 瞑は無表情にそう告げる。そして死体のようにぎこちない動きで腕を上げ、冷ややかな声と尊大な口調で僕に命じた。
「あなたが運んで」

 一体何処の薔薇人形だと突っ込みたくなるが、それを人間である彼女が口にするところが妙に艶めかしく、非常に魅力がある。そんな彼女がスカに頭を撫でるときには、されるがままに大人しくしている様子などもまた、彼女のギャップを如実に表していてとても微笑ましい。そんな彼女自身が抱える問題は小説ではありふれたものであるけれども、話のメインはそこには無いので気にならない。

 きわめて良質なミステリにきわめて良質な萌えの要素がミックスし、きわめて良質な作品が生まれた、その一例を見た気がする。そして最初にこのような作品で三雲岳斗に出会えたことに感謝する私は(以前から気になってはいたのだが)、当然ながら他の作品も気になって仕方がない。