伊坂幸太郎『死神の精度』

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)

 事故や事件による「死」は、死神がもたらすものである。死神は何処からともなく現れ、対象者に接触してくる。そうして七日間対象者を観察した後、彼らは結論を下すのだ――「可」ならば八日目に対象者は事故もしくは事件で死に、「見送り」ならば対象者は死を免れる。けれども死神が興味を持つのはミュージックだけ。人間には興味を示さない。

 死神である千葉が接触するのは、六人の対象者。見た目は地味だが極上の声色を持つコールセンターの女性、任侠を重んじる中年のヤクザ、ある吹雪の山荘にやってきた老婦人、ハンサムな容姿を分厚いメガネで隠す青年、母親を刺し殺し逃亡する若者、そして美容院の老婆。死神との邂逅が、彼らの物語を紡ぎだす。

 「俺が仕事をすると、いつも降るんだ」


 死神が人間に会いに来るという古典的なネタを巧く料理できていると思う。いや、死神というネタを用いてミステリを書いたといった方がいいのだろうか。各章数十ページの間にそれぞれの対象者の抱えている問題と、その問題が作り出す伏線が非常にうまく配置されていて、何か美しい計算式を見たかのような気持ちを抱いてしまう。それでいてある章に出てきた人物が他の章でさりげなく顔をのぞかせるなど、遊び心も充分に含まれているのが読み手としてはとても嬉しい。

 巻末の解説にも記されていたが、伊坂の作品はどことなくエンターテイメントと文学が融合したかのような空気を持つと共に、人間社会に対して小さな疑問を、しかし臆面もなく投げかけてくる所がある。例えば同著『重力ピエロ』では、人を殺した者は罰を受けなければならないということを良しとはしない雰囲気が漂っている。詳細はネタバレになるので伏せるが、報復による殺人は本当に罰せられるべきだろうかということを一つのテーマとして扱っているあの作品は、小説だからこそ面白いのであり、それをきちんとエンターテイメントのレベルに仕上げる伊坂の筆力はやはり凄いと思っている。